譲君の御伽話 〜 1 〜







ここは京、櫛笥小路の梶原屋敷。


  「譲殿! どちらにおいでですか!?」


渡殿を珍しく小走りに渡ってくるのは、武士の娘の鑑と世間で評判の朔姫。


  「譲殿!」


普段の落ち着いた様子とは程遠い朔に、驚いた有川譲が奥の部屋から飛び出してきた。


  「朔、どうしたんだ?」


  「ああ、譲殿。そちらでしたか」


  「朔らしくもない。そんなに慌てていったい何があったんだ?」


  「先程、望美がヒノエ殿と白龍に話していたのですが、
   譲殿の世界には上半身が人で下半身が魚などという女性がおられるのですか?」


  「はぃ?」


  「私はその語り出しのおぞましさに、半分も聞いていられなかったのですが、
   ヒノエ殿や白龍は喜んで聞いていて、あまつさえ最後には、感動したとまで仰っているのです」


  「ああ、そうだな」


  「で、では! 譲殿も御存知なのですね! 
   こ、この、望美の話は本当のことなのですか?」


  「先輩は何て言って話し始めたんだ?」


  「はい。望美は、
    『むかしむかし、あるところに人形姫がおりました。
     人魚姫は、上半身は美しい女性なのですが、下半身は大きな魚で、鱗もありました。』
   もう、私はここまで聞いただけで、びっくりしてしまって」


  「あのさ、え〜と、朔は御伽話って読んだり聞いたりしたことは無いのかい?」


  「『おとぎばなし』ですか?」


  「この時代じゃぁ、何て言うんだっけ。『説話』? 『伽草紙』? 何か違う気もするな。
   あ、例えば『竹取物語』とか『宇津保物語』や、『源氏物語』は?」


  「それは読んでいます。と言うより私としては、譲殿が『竹取』や『宇津保』を御存知な事の方が驚きです」


  「え? どうしてだい?」


  「物語や草紙など女子供のもので、殿方は漢詩漢籍を嗜まれるものと思っておりました」


  「『国破在山河』とか『子曰吾十有五志于学』とかって奴だね」


  「ああ、さすがは譲殿。そちらも御存知なのですね」


  「ま、まあ、嫌でも学校で習うからな。
   は、話を元に戻すけど、その『人魚姫』っていうのは、この世界の『竹取』や『源氏』と同じでフィクションなんだ」


  「ふぃ、ふぃくしょん…ですか?」


  「そうか、フィクションっていうのは、つまり作り話なんだ」


  「そうなのですか、安心しました。私はてっきり……
   ……龍神の神子の世界とは、かくも恐ろしい所なのかと思ってしまいました」


そう言いながら朔は顔を赤くして、所在なさそうにしている。


  「朔。……そうだ、で、その人魚姫は泡になって消えてしまったかい?」


  「え? 人魚姫が泡に、ですか? いえ。
   詳しくは……、でも、ある国の『おうじさま』と仰る世継ぎの方と
   『はっぴぃえんど』という、幸せな暮らしをなさったということでしたが」


  「その王子様は、化け物と戦ったりしなかったかい?」


  「なさりました。凛々しくお一人で、剣を抜きはなって」


  「ああ、先輩。やっぱりそっちの『人魚姫』か」


  「『そっちの』?」


  「ああ、こういった話には何パターン…、幾通りか話の終わり方が違うものがあってね」


  「そうですか。では、そう仰るからには、他の終わり方というものも、譲殿は御存知なのですね」


  「え? ああ、たぶん」


  「お聞かせ願いますか? 先程の望美の話は、実際のお話だと思っておりましたので、
   あまりよく聞いておりませんでしたから」


  「いいけど、俺としては『人魚姫』みたいな暗い話よりは『浦島太郎』とかの方が同じ海の話なら……、
   ああ、でもあれもハッピーエンドって訳じゃ無いか……」


  「お話ください。譲殿の知っている物語というものを」


  「かまわないよ。じゃ、最初は……」










   最近、朔が譲君のところに足繁く通ってるんだよね〜。
   まぁ、それ自体はいいんだけど、何だか、この頃、朔の様子が……
   お兄ちゃんとしては、そっちの方が心配だよ〜。


   ほらほら! 今も譲君の部屋から出て来た朔、涙ぐんでたじゃないかぁ!


床を踏みならして、梶原景時が譲のいる部屋の入っていく。


  「ゆ、譲君!」


  「あ、景時さん、どうしたんですか?」


  「ど、どうしたっていうかねぇ! ゆ、譲君、今、朔と話か何かしてたよね〜」


  「ええ」


  「何を話してたのかなぁ〜? 朔、な、泣いてたじゃないか〜」


  「ああ、そうですか」


  「そうですかって! 譲君! 君ね、どうして朔を泣かすような事を」


  「え? 泣かすようなって……あ! 景時さん、誤解ですよ」


  「ご、誤解ぃ〜!?」


  「ええ、俺は朔に頼まれて、俺の世界の『御伽話』を話してただけですよ」


  「おとぎばなしぃ〜?」


  「こっちの世界でいう『説話』や『伽草紙』みたいなもので」


  「それくらいでねぇ、朔が泣くわけ、ないじゃないかぁ〜」


  「信じられませんか? じゃぁ、試してみます?」


  「試す?」


  「ええ、朔に話した御伽話、景時さんにも話しますから、どうなるか」


  「い、いいよぉ〜。でもさ、お話聞いたくらいで泣くわけ」










  「ゆ、譲くぅ〜〜〜ん」


  「ほら、景時さん、これで涙を拭いてください」


  「ありがと〜〜。でさでさでさ、その青鬼は、その後どうなったんだいぃ〜??」


  「え? さぁ」


  「『さぁ』って、無責任じゃないか〜、ここまで話して。
   気になって、その後どうなったのか分からないと、今日は眠れそうもないよ〜」


  「でも、そのおかげで赤鬼は幸せに暮らせたわけですから」


  「だからぁ、だからこそ、青鬼がどうなったか気になるんじゃない〜」


そこに、朔が駆け込んでくる。


  「兄上! 譲殿の部屋で何を……、え!? …兄上、泣いていらっしゃるのですか?
   譲殿! いったい兄上に何を」


怒気を含んだ眼で朔に見つめられることなど、譲は初めての経験であったが


  「はぁ……、似た者兄妹なんだな」


  「どういうことでしょう」


  「景時さんは、最近、朔がここから涙ぐんで出ていくのを目撃して、
   俺が朔を泣かせているんじゃないかって心配して」


  「それは……。兄上、私は別に…」


  「で、朔に話したように御伽話を」


  「ゆ、譲くぅ〜ん、疑ったりしてゴメンよ〜〜」


  「まぁ、誤解は解けたみたいなんだけどね」


  「あの譲殿。それで、兄上に何の話をされたのです?」


  「泡になって消えてしまう方の『人魚姫』と、『泣いた赤鬼』」


  「ああ、あのお話は……」


そういって思い出しただけで、朔は目頭が熱くなるのだった。


  「あの……、出来ましたら、次は『ごんぎつね』をお願いしたいのですが」


  「え? いいけど、朔には一度話しただろう」


  「でも、もう一度聞きたくて」


  「そんなにいい話なのかぃ〜? 譲くぅ〜ん」


  「いい、というのかどうか」


そう言いながら、期待に満ちた似た者兄妹の視線に抗えない有川譲であった。








11/07/17 UP
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